ドミートリイ・ショスタコーヴィチ

Dmitrii Dmitrievich Shostakovich (1906~1975)

ショスタコーヴィチの生涯

ロシアの首都サンクトペテルブルクに生まれる。
13歳でペテルブルク音楽院に入学し、作曲、ピアノを専攻する。ピアノはショパンコンクールでディプロマを受賞するほどの実力派。 1925年の卒業作品「交響曲第一番」が世界的な注目を浴びロシアを代表する作曲家の道を歩みだす。

オペラ作品の構想は数多くあったが、ロシアの政府や社会的な成約が足かせとなり、完成したのは2作品のみだった。 ゴーゴリ原作の『』(22歳)は初演当時こそ、難解と評されたが、年月がたつにつれ再評価されている。 また、ロシア帝政の女性の現実を描いた『ムツェンスク郡のマクベス夫人』(26歳)は音楽・台本も高く評価を受けた。

交響曲、弦楽四重奏曲、協奏曲、映画音楽、歌曲、オペラ、バレエ音楽など、幅広く作曲活動を行っており、その作品数もたいへんな数になる。

1975年、69歳で亡くなった。

ショスタコーヴィチの代表作品

Nos1928年
ムツェンスク郡のマクベス夫人Ledi Makbet Mtsenskogo uezda1932年