リヒャルト・シュトラウス

Richard Strauss (1864~1949)

リヒャルト・シュトラウスの生涯

首都ミュンヘンで生まれる。
4歳でピアノを習い始めて、6歳でバイオリンを学んだ。音楽院には入らず普通教育を受けながら、音楽理論を師のもとで学んでいく。 作曲は6歳から始めており、交響曲ニ短調が初演されるのは、わずか17歳のときである。 シュトラウスの生涯の前半は、オペラ作家としてではなく、交響曲の作曲家として活動している。

オペラに本格的に取り組むのは『火難』(37歳)から、一幕もののオペラで、ヨーロッパ各地で上演される大成功を収める。 次の作品の『サロメ』(41歳)は、当時問題作として有名だったオスカー・ワイルドの「サロメ」をそのままオペラ化した。 あまりにスキャンダラスな内容を扱った作品ということで上演中止騒動も起きているが、とても人気があった。

サロメに続く壮絶なオペラとして『エレクトラ』(44歳)を発表、当時にして大胆で進歩的な音楽が使われている。 今でも大変人気のある『ばらの騎士』(46歳)は、前作であまりに新鋭的な作品を作ってしまったため、先に進めず モーツァルトに回帰した作風となっている。
その後も、『ナクソス島のアリアドネ』(52歳)、『影のない女』(53歳)、 『アラベラ』(68歳)、『無口な女』(71歳)と、次々と名作を生み出していく。 最後の作品は、正確にはオペラではなく「一幕の音楽による会話劇」とされる『カプリッチョ』(77歳)である。

1949年、85歳で亡くなる。

リヒャルト・シュトラウスの代表作品

サロメSalome1905年
エレクトラElektra1908年
ばらの騎士Der Rosenkavalier1910年
ナクソス島のアリアドネAriadne auf Naxos1916年
影のない女Die Frau ohne Schatten1917年
アラベラArabella1932年
無口な女Die schweigsame Frau1935年
カプリッチョCapriccio1941年