セルゲイ・プロコフィエフ

Sergei Sergeevich Prokofiev (1891~1953)

プロコフィエフの生涯

ロシアはウクライナ東南部のソンツォフカに生まれる。
父は農業技術者で貴族の農場の管理人をしていた。幼い頃からオペラに情熱を持っており、13歳でペテルブルク音楽院に入学する前までに すでに4曲の習作オペラを作っている。
音楽院在学中はリーヴェン原作を題材として第一のオペラ『マッダレーナ』を作曲した。

1915年、ペトログラード音楽院に在学中に、ドストエフスキー原作『賭博者』の作曲に着手する。 1918年、アメリカに亡命する途中で日本にも寄っており、日本の音楽界に少なからず影響を与えたと言われる。
アメリカでは、『炎の天使』(35歳)を作曲。中世ドイツを舞台とする人間存在の闇と神秘を描き出すロマンティックオペラである。

1933年、帰国後も4作のオペラを作り、1953年突然脳出血による呼吸困難に陥り死去。62歳だった。

プロコフィエフの代表作品

炎の天使Ognennyi Angel1926年