ピエトロ・マスカーニ

Pietro Mascagni (1863~1945)

マスカーニの生涯

パン屋の息子として生まれるが、幼い頃より音楽の才能があったため、音楽を学ぶようになった。
1882年に19歳で伯爵からの奨学金を得てミラノ音楽院にて学び、ポンキエッリに師事、プッチーニと交友を深める。

そののち、実践を求めて音楽院を飛び出したマスカーニは、1885年にオペレッタ巡業団に副指揮者として入団し、すぐに指揮者となって、 全国を渡り歩く。全国を巡業している間に知り合ったオルガニストと結婚し、チェリニョーラ市の楽師長となって暮らす。

そのころ、一幕もののオペラコンクールに、『カヴァレリア・ルスティカーナ』(26歳)を応募した。
これが入賞して、ローマの劇場で初演されるや、その大成功はマスカーニの名を、一夜にして有名にしてしまった。
1895年から音楽院の院長を務めながらも、創作活動をつづける。
ほとんど上演されることはないが、日本の江戸時代を題材にした『イリス』も面白い作品だ。

第二次世界大戦後、ファシストに協力したとして全財産を没収され、不遇のうちに他界した。

マスカーニの代表作品

カヴァレリア・ルスティカーナCavalleria Rusticana1890年