ルッジェーロ・レオンカヴァッロ

Ruggero Leoncavallo (1857~1919)

レオンカヴァッロの生涯

判事の父と芸術家の母の間に生まれる。
幼少のころよりピアノを勉強し、9歳でナポリの音楽院に入学する。 17歳で音楽院を卒業し、ボローニャ大学文学部に入学し20歳で卒業する。その間にもオペラの台本を書き上げていた。

 ワーグナーの『ニーベルングの指輪』が全曲初演されて、これに影響を受け、黄昏三部作(メディチ家の人々、サヴォナローラ、チュザーレ・ボルジア)の台本に着手している。 若い頃は、音楽教師をしたり、ピアノの演奏で生活をしていたが、友人の紹介でオペラの仕事が入るが、ものにはできなかった。

 1890年に一幕もののオペラコンクールに『道化師』(35歳)を書いて応募した。このオペラは二幕構成になっていたため、失格になってしまったが、 内容が非常に良かったため、劇場での公開まで こぎつけることができた。そこで、道化師が空前の大ヒットとなる。

 そのころ、レオンが小説「ボヘミアンの生活」を題材として書いた台本を、プッチーニに作曲してもらおうともちかけたが、断られる。 それなら自分でやると作曲し始めたが、しばらくして、プッチーニが別の人に台本を書かせて作曲しているとの情報が入る。 プッチーニよりも一年遅れて発表された『ラ・ボエーム』(40歳)は、今でこそ人気は薄いが、当時はプッチーニに引けを取らなかった。

 この後、幾つかの作品を発表し、1919年、遺作『エディプス王』を残して他界する。

レオンカヴァッロの代表作品

道化師I Pagliacci1892年