エメリッヒ・カールマン

Emmerich Kalman (1882~1953)

カールマンの生涯

ハンガリーのバラトン湖南部のシオーフォクに生まれる。
ピアニストを目指していたが、関節炎を患い作曲に専念したといわれている。 ブダペストのフランツ・リスト音楽学校で学び、バルトークとゾルタン・コダーイの同窓生である。
カールマンは、レハールと同様、ウィーンで「シルバー・オペレッタ」の立役者となり、ウィンナ・オペレッタをオペラ的オペレッタから、ミュージカル風オペレッタに流れを変えた。 その代表作に『チャールダーシュの女王』(33歳)、『伯爵令嬢マリツァ』(42歳)がある。

その後もウィーンで作曲活動を続け、「サーカスの女王」、「シカゴの公爵夫人」、「モンマルトルのすみれ」などのオペレッタを作曲。 しかし、家庭がユダヤ系だったため、ナチスの弾圧を受け、1940年アメリカに渡り、移住する。
1948年、ウィーンに戻り、再び人気を博したが、1953年パリにて生涯を閉じた。

カールマンの代表作品

チャールダーシュの女王Die Csardasfurstin1915年
伯爵令嬢マリツァGrafin Mariza1924年