ウンベルト・ジョルダーノ

Umberto Giordano (1867~1948)

ジョルダーノの生涯

幼少の頃から音楽に興味を持ち、ナポリ音楽院の奨学生試験を受けるが落第。 しかし、審査員パオロに才能を見出され教えを受けることができた。そして、翌年、見事合格しナポリ音楽院に入学する。

21歳のときに応募した一幕もののオペラコンクールで入賞し、注目を浴びる。この入賞がきっかけとなり、作曲依頼が入って歌劇『マラ・ヴィータ』 をローマで発表し、これが大成功を収める。次に『アンドレア・シェニエ』(29歳)を作曲し、 マスカーニの助けを得てスカラ座で初演されるや、これも大成功。シェルニエの成功が彼の名を高め、当時知り合った女性との結婚が許されている。 そして、『フェドーラ』(31歳)を自らの指揮によって演出し発表する。

この後、ロシア民謡のスラブ調を取り入れた『シベリア』や、三つのエピソードからなる恋の物語『マルチェフラ』などを世に送り出している。 小品『メーゼ・マリアーノ』は当時大変な人気を博し、現在でもしばしば上演される作品となっている。

1929年にイタリア・アカデミーの会員になり、81歳で亡くなった。

ジョルダーノの代表作品

アンドレア・シェニエAndrea Chenier1896年
フェドーラFedora1898年