ガエターノ・ドニゼッティ
Gaetano Donizetti (1797~1848)
ドニゼッティの生涯
ドニゼッティは6人兄弟の5番目として生まれた。
音楽家の家柄ではなかったが、彼には音楽の才能があった。
そこで、有名なオペラ作曲家のシモン・マイールが設立した、無料音楽学校に入学する。
その後、マイールの援助を受けて、ボローニャ音楽院にで留学し、そこで3年の間、本格的に音楽を学ぶ。卒業後、故郷に戻り マイールの元で次々と作品を発表するも、どれも失敗に終わる。
しかし、ついに『ゾライデ・ディ・グラナータ』(25歳)をローマで発表し、大成功を収めた。
この成功で一流作曲家として認められたドニゼッティは、ナポリに移り住み、しばらくナポリを拠点とする。
1828年、31歳で結婚してからの10年間が、彼の創作の絶頂期であった。
このころ発表された作品には、『アンナ・ボレーナ』(29歳)、
『愛の妙薬』(35歳)、『ランメンモールのルチア』(38歳)などがあり、どれもドニゼッティの名作となっている。
1837年に妻に先立たれてからは、創作意欲が落ち込み長く住んだナポリを離れることになる。
『シャモニーのリンダ』(45歳)、『ドン・パスクァーレ』(46歳)を発表した後、精神状態がおかしくなり、だんだん衰弱して
1848年53歳でこの世を去った。
ドニゼッティの代表作品
| アンナ・ボレーナ | Anna Bolena | 1830年 |
| 愛の妙薬 | L´ Elisir d´ Amore | 1832年 |
| ランメンモールのルチア | Lucia di Lammermoor | 1835年 |
| シャモニーのリンダ | Linda di Chamounix | 1842年 |
| ドン・パスクァーレ | Don Pasquale | 1843年 |