ジョルジュ・ビゼー
Georges Bizet (1838~1875)
ビゼーの生涯
出身はフランスのパリで、父は声楽教師、母はピアニストの音楽家の家庭に生まれる。
9歳でパリ音楽院に入学し、ピアノをマルモンテルに、作曲をアレヴィに師事する。
19歳で、フランス国家からの奨学金付留学制度(ローマ大賞)を受賞し、ローマで3年学んだ。同じ年に、オッフェンバック主催のオペレッタ・コンクールで優勝し、『ミラクル博士』の上演を果たす。
ローマへの留学後パリに戻ったビゼーは、リストの新作ピアノ曲を一度聴いただけで演奏し、楽譜を渡されて完璧に弾いてリストを驚かせた。1863年、オペラ『真珠採り』(25歳)を初演し、出世作
となる。その後、フランス人作家ドーデの芝居『アルルの女』の付随音楽を作曲した。この芝居の初演は失敗したが、この付随曲が組曲として演奏され、ビゼーは名声を得る。
『カルメン』(36歳)の初演は、ヒロインが女性労働者だったこともあり失敗に終わったが、のちに世界中に認められるに至った。
カルメンの初演から3ヶ月後、37歳の若さで亡くなる。
ビゼーの代表作品
| カルメン | Carmen | 1874年 |